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2008年4月27日 「 ダビデの託宣 (1) 」   Ⅱサムエル23:1~7

ダビデは、イスラエル王国の第二代目の王様です。
父エッサイの末子で、本職は羊飼い=牧童でしたが、神様の選びと聖霊の恵みにより多くの苦難を乗り越え、戦場で勝ち残り、やがて王の位まで進みました。

ダビデ王は、過ぎ去った自分の人生を思い浮かべました。
荒野の牧童として、戦場の兵士として、イスラエルの王として過ごした日々です。
神様を信じる者として、神の霊に満たされた者として、ダビデが諸々の人生経験を味わった末に父なる神様を誉め称え・祈り、詩にして神に捧げたのが詩編22編です。

しかしダビデは祈り・詩を歌った後、心の中に残った思いがありました。
それを詩にしたのが詩編23編1節から7節です。
聖書には詩編23編の初めに「これはダビデの最後の言葉である」と記しています。

この最後の言葉を手紙の「追伸」と同じ意味に理解しても良いでしょう。
普通手紙を書く時、書き忘れたことがあったら、終わりに P.S.「postscript」(「追伸」)書きます。
ダビデ自身は、エッサイの子ダビデの「託宣」と語っています。
エッサイの子ダビデが自分の一生を通じて神様から受けた諸々の恵みを、神様の霊に満たされ神様を誉め歌ったのが詩編22編です。
考えで見れば、心の底に未だ残っている感情を引き続いて歌わないでは済まされないことを、ダビデ自身の「託宣だ」と叫んでいます。
最後の言葉、言い残した、追伸。
それを日本語訳で「託宣」と訳したのは素晴らしい訳だと思います。
託宣とは、「神の霊感を深く受けた者が述べている預言のような話」です。  

【1】ダビデの託宣。ダビデは自分自身を次のように証ししています。   
 ① 高く挙げられた人   
 ② ヤコブの神に油を注がれた人   
 ③ イスラエルの良き歌人

【2】私たちもキリスト者として自分自身のことを振り返ってみましょう。   
 ① 神の選びによって聖霊に導かれ、  
 ② 聖霊の油を注がれ信じる者となり、神の子供として認められた   
 ③ 天の父なる神様を知り、神様を「アバ父よ(お父さん)」呼ぶことができる恵みを戴いた どうでしょうか?

あのダビデ王にも負けないくらいの恵みではありませんか?
万の口があったら、その万の口を用いて私たちの父なる天の神様に讃美の歌を捧げましょう。
あなたは、これまで祈り、感謝し、神を誉め歌った神の子ではありませんか?
しかし、静かに自分自身を振り返って諸々のことを考えて見ましょう。 心の底に残っているあなたの祈りの直したいこと、不足していること、感謝の忘れ物、讃美の足りないことなど。それら貴方の祈りのP.S.・追伸はありませんか?
そして、聖霊に導かれてあなたの口から叫びとして出てくる「託宣」はありませんか?

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